選択=選ぶということ。
乾いた空気に潤いと休息を与えるような雨がぱらぱらと降り注ぎ
気分的にもふっと一段落した様な、そんな一日。
実際は気分だけで、本当はやらなければいけない事目白押しなんですが、
久しぶりに、最近僕自身が思ったこと・感じている事を書いてみようと思います。
rasikuをはじめて3年が過ぎ、4年目には3年継続出来たらやろうと決めていた事を
ここ数か月、″イベント″という形で色々とやってきました。
諸々の詰めの甘さを感じたり、後々こうした方が良かったかなと思う事もあり、
また色々ご心配頂いたり、休みが増えてしまいお客様にご迷惑などもお掛けしつつも、
普段とはまた違った事をしたり考えたりする事の善し悪しも含めて、色んな面において
沢山の刺激を受けることばかりで、自分達にとっても店にとっても新たな成長に繋がる
一歩一歩を踏みしめているところです。
まだこの先もあれこれと企画・準備段階ですが、色々と身体と心を動かした事によって
今、自分の中の思考にも変化であったり、今後に繋がるヒントを沢山得たように思います。
そういった実際に自分の取った行動から得た経験を踏まえて、また日々を過ごす中で、
少しずつですが心に変化が起こり、そんな僕自身が最近意識している事を書こうと思います。
ずっと言葉には出せていなかったのですが、その言葉に出来なかった気持ちを代弁してくれる
かのような方との出逢いがあったり、自分のもやっとした問いにも真摯に答えてくれる
諸先輩の話を受けて、自分なりにここに書き留めようと思いました。
「今」起きている事を単純に楽しむという事。
「今」目の前で起こっている事や在る物を自分の中で一度受け入れてみて、
良かれ悪かれそこで感じた事に対する自分なりの答えを見出すという事。
今回3月にtrippen、4月にTEMBEAのイベントを行ったのですが、
僕がいつもはオーダーしない商品などが店頭に並ぶと、今までになかった感覚に触れたり、
自分の中である意味規則的になってしまっていた物の見方も不思議と変わってきて、
いま、まさにこの場所で行われている光景とその空気と、目の前にある商品を見て
単純に楽しみたい!と僕自身がより一層強く思うようになっていたのです。
もしかすると、それは僕の今の「気分」なのかもしれませんが、今はその気持ちを
すごく大事にしたいなと思っている自分がいて、頭で考えるのではなく心で想っている事を
素直に受け入れようとする感覚が強くなっている様にも思います。
僕自身が理屈っぽい性格なので、何でも先ずは頭で考えてしまう習慣が身についてしまっていて
失敗したら・・・無駄になったら・・・合わなかったら・・・など深読みして考え過ぎて
「たら」「れば」の良からぬイメージの方ばかりを膨らませてしまう事が今までも多かった様に思います。
あえてそこを考えずばっさり切り離してみると、自分の感情の赴くままに、気持ちに正直になれて
目の前で起きていることが、何だかより一層面白く感じている自分に気がつきました。
今はインターネットでクリックすれば、様々な商品の情報が瞬時に見る事が出来ます。
SNS等では雰囲気良く撮影された写真や、実際に使用した感想などが書かれたものを
簡単に沢山、目にしたり取り入れる事が出来るようになりました。
誰かと共有するという事も大切なことだと思っていますし、良いと思うものは
多くの人に知ってもらいたいという気持ちも十分に理解出来ます。
実際に僕らもBLOGで商品の紹介をしているので、そういったツールを使っていますし
これからもよっぽどの事が無い限り使い続けていくと思っています。
但し、あくまでもその人の価値観や基準であって誰しも当てはまる訳では無いという事と
あまりに情報に流され過ぎて、自分らしさが失われていないかが少しだけ気に掛かります。。。
自分の持っている軸は他人と違っていて当たり前ですし、物の見方は其々の価値観やライフスタイル等によって
大きく異なります。使う人によって善し悪しを判断するのが当然だと思っています。
今持っている「情報」を使いこなすのも良いですが、それ以上に「感覚」や「感性」をもっと磨き
それを駆使する事の方が自分らしい物を手に入れられる近道になると思っていますし
そうなる為には、ある程度の「投資」と「失敗」は必要なことだろうと感じています。
今はモノを買うのに不便がない時代なので、このブランドのこの色のこのサイズが欲しいとなれば
よっぽどの品薄でない限り高い確率で手に入れる事が可能だと思います。
それが決して悪い事ではないと思いますし、それがどうしても欲しい場合もあると思います。
僕は今現在は何が何でも手に入れるという物への欲は殆どと言って良い程に無くなりました。
その心境になった理由は、人と物が出逢うのも何かの「縁」だと割り切れるようになったからです。
無い物をいくら欲しいと言ってもお店からは出てきませんし、無いなら無いで自分に似合いそうなものや
今まで手を出してこなかったようなアイテムを手にしてみようと思う気持ちが強くなりました。
もしかするとそういった事の1つ1つの積み重ねがセンスを磨く事にも繋がり、その人の人間性の″奥行″や
″色″に繋がるのではないかと今は思っています。
自分がイメージしていたモノと少し違ったモノを手にした場合、どうすれば使いこなせたり着こなせたりするか
考えたり試行錯誤する時間が意外と楽しく、いつも間にか愛着が沸いている・・・という事も
僕は何度も経験してきて、それはそれで何だか不思議で面白いものです。
20代の頃は欲しい物があるとそれしか目に入らずに一心不乱にそれを手に入れる事だけを考えて、
周りの人に対してであったり物に対しても、色々と無理や我儘も押し通してきました。
なのに、それを手にしてしまうと燃え尽き症候群ではないですが、その先を考えていないので
すぐに手放してしまったりと、結局はモノに振り回されているだけで自分らしさであったり
それを使いこなすだけの術を持ち合わせていなかったように思います。
物を手にする喜びは一瞬はあったものの、そういった手段・手法を用いた場合はあまり良い方向に
事は進んでいないのでは!?と感じるようになりました。
お店にでも、ごくたまに無い商品に関しての事を言われることがあります。
その都度ある程度の範囲内であれば出来る限りの対応をさせて頂きますが、
「今」目の前にある商品を見て、イメージを膨らませて自分に合う合わないを考えたり
想像したりするのも、意外な発見があったり自分の持っている引き出しを引き出せるチャンスに
なりえるかもしれません。お店に様々な商品が並んでいるのはそういう事だと僕は思っています。
イメージしている事や欲しい物が直ぐに手に入れられるのは、僕自身は案外面白くないと思いますし
手に入れるまでの過程や多少の不便さ、思い通りにならない部分があるからこそ人は
成長出来ると思いますし、感性や感覚がより豊かになるのではないでしょうか。
僕も期待に応えられるような品揃えや提案が「今」以上に出来る様に努力をし続けようと思いますので
無理のない範囲でお客様と健全で楽しいお買い物のお手伝いが出来ればと思っています。
時と場合によって、自分の感覚を試す時と情報を駆使する時とをうまく使い分けれれば
お買い物が今よりも楽しくなるのでは!?という事が言いたいが為に、こんなに長文になってしまいました。
ちなみに私はこういった考えになってからお買い物する事が数倍も楽しくなりました~~。
そんな事をなんとなく考えていた今日この頃でした。
おわり。